ワクチンの効果の意味を正しく知りましょう~統計学ってわかりにくい?

ワクチン効果が80%と聞くとどのように感じるでしょうか?「えっ、ワクチン打っても2割の人は発病するってこと?意味ないじゃん!」って思うかも知れません。でも意味が違うんです。ワクチン効果とはワクチン接種をした人の発病率が、ワクチン接種をしていない人の発病率と比べてどの程度減るのかという意味です。例えばワクチン接種をしていない人100万人のうち10万人が発病する病気があったとします。この場合発病率が10%になります。ワクチン効果80%であれば発病率が10%の80%減少つまり発病率が2%まで減るということで、ワクチン接種を同じ100万人が受けていたら発病する人は2万人まで減ることになります。どうでしょうか、ワクチン効果の意味がおわかりいただけたでしょうか。
これを式で書くとワクチン効果=[1-(ワクチン接種した人での発病者÷ワクチン接種を行った人全体の人数)÷(ワクチン接種してない人での発病者÷ワクチン接種を行っていない人全体の人数)]×100% ということになります。新型コロナワクチンについては、テレビ番組などでも随分取り上げられていましたが、コメンテーターもきちんと数字の意味を説明できている人は少なかった様で、ワクチン接種の必要性が十分に伝わっていない部分もあったかに思います。前に新型コロナワクチンの研究を現在勤務している神奈川県のクリニックで行い、それを論文にしたものが海外の権威ある医学雑誌に載ったことを書きました。以下に簡単に内容の日本語訳を紹介します。

「タイトル:リアルワールドでの新型コロナウイルスに対するmRNAワクチンの効果
要旨:SARS-CoV-2 mRNA ワクチンによる全国的な予防接種は 2021 年 2 月に開始されましたが、日本ではテストネガティブデザインを使用したワクチン有効性(VE)の評価が十分に行われていません。 そこでSARS-CoV-2 mRNA ワクチンの有効性を評価するために、デルタ株とオミクロン株が主体の二つの期間中にテストネガティブをケースコントロール研究実施しました。川崎幸クリニックの発熱外来でCOVID-19 様の症状を持つ成人が2021 年 8 ~ 10 月のデルタ株主体の時期に518人、オミクロン株急増時期の2022年2月に358ウイルス検査を受けました。デルタ株主体の時期では、ワクチンを2回接種した場合のすべてのCOVID-19発病予防のワクチン効果は 90.4%(95%信頼区間:82.1~94.8%) で、中等症から重症のCOVID-19を予防するワクチン効果は 97.3%(95%信頼区間:71.7~99.7%)で、有意の予防効果を示しました。 ただし、1回のみのワクチン接種では、中等症から重症に対して有意の予防効果を示しませんでした。
オミクロン株急増期の2022 年 2 月ではすべてのCOVID-19の発病を予防する効果は 16.1%(95%信頼区間:-81.0~61.1%)と予防効果が弱まっていました。 私たちの知る限りでは、これがデルタ株主体の時期とオミクロン株急増の時期の両方の期間中に日本人集団のワクチン効果を評価した最初の研究です。」

ちょっと付け加えますと、タイトルに「リアルワールド」と入っています。これは実際の発熱外来を受診した人を対象にしたという意味です。通常ワクチンが正式に認可されるまでは無作為化比較試験などの臨床試験が行われます。つまりワクチンを接種する人と接種しない人の2つのグループに無作為に分けてそれぞれのグループでの発病率を比べるというものですが、ワクチン接種が行われる様になった後では実際に外来を受診した人を対象にして検討が行われます。タイトルに「リアルワールド」と銘打っているのはそこを強調したもので、論文などにはよく使うネーミングです。テストネガティブデザインというのは検査が陽性(この場合は新型コロナウイルスの検査であるPCR)が陰性の人(すなわちCOVID-19患者ではない)と陽性の人(COVID-19患者)でのワクチン接種率を比較し、COVID-19患者ではないグループでワクチン接種率が高かったら「ワクチンで発病が予防されたんだよね、予防効果があるよね」と判断する研究方法で、近年、季節性インフルエンザの予防効果などにも盛んに用いられている信頼性の高い方法とされています。テストネガティブデザインでは式で書くとワクチン効果=[1-(検査陰性の人での発病者÷検査が陰性であった人全体の人数)÷(検査陽性の人での発病者÷検査陽性の人全体の人数)]×100% ということになります。
ここで「有意」と言う言葉が出て来ます。また「95%信頼区間とか統計学特有の言い回しでわかりにくいですよね。私も統計学には詳しくはないのですが、デルタ株に対するワクチン効果が90.4%という結果はワクチン接種を行うと、行わない場合に比べて発病率が90.4%減少するということを意味していますが、「有意」というのはこの差がたんなる偶然による誤差の範囲内ではなく、誤差では済まされない意味があるものであるということです。通常、統計学ではα誤差 5%未満は「意味がある」=「有意」と判断します。簡単に言うと、このα誤差とは「ワクチン接種を行った場合と行わなかった場合で発病率には差がない」という仮説を間違いであると言い切った場合に誤っている確率を意味しています。つまりは「ワクチン接種がワクチン未接種より発病率が低いという判断が間違っている可能性は5%未満ですよ」、「得られた結果は95%以上正しいですよ」ということを表しています。95%信頼区間は得られた成績の最も低い可能性と最も高い可能性がこの95%の区間に入っていることを意味していて、この最も低い可能性と最も高い可能性が0(ゼロ)をまたぐのは意味がないと判断します。オミクロン株急増期ではすべての発病を予防する効果は 16.1%と低くなっているだけでなく(95%信頼区間:-81.0~61.1%)と0(ゼロ)をまたいでいるので、有意の予防効果が認められなくなっていたことを示していることがおわかりいただけると思います。
ここでは要旨だけを抜粋しましたが、詳細をお知りになりたい方は英語ですが、以下のサイトをのぞいてみてください。この雑誌はオープンアクセスジャーナルですので、世界中の誰でも無料で読むことができます。https://doi.org/10.1080/21645515.2022.2147353
(2023年4月7日に記載)