日本呼吸器学会学術講演会へ行ってきました~学会のウラ話、慢性肉芽腫症、ラファエル・ビニオリ氏を思う

第63回日本呼吸器学会学術講演会が東京国際フォーラムで開催され、呼吸器専門医Aは司会を務めるために4月30日に参加しました。

感染症学会の横浜での司会の翌日で2日連続での司会です。私が司会をしたのは「呼吸器病学ことはじめ 呼吸器感染症」です。「ことはじめ」は研修医や医学部学生などの、呼吸器学会発表のデビューの場ですが、皆さんデビュー戦とは思えないほどの質の高い研究発表と堂々としたプレゼンさらには、質問に対する受け答えぶりでした。リアルでの開催ですので、フロアからの質問も活発で、かつやさしめの質問が多く、結構暖かい雰囲気のセッションでした。私たちが研修医や若手医師の頃の学会発表では厳しいあるいは意地悪な質問が少なくなく、全く答えられず固まってしまう、いわゆる「壇上死」が少なくなかった覚えがあります。それも、結構偉い先生がそういう姿勢のことが多く、洗礼を受けるといった雰囲気でした。現代の学会発表では特に研修医を各学会で取り込もうという思惑も働き、みな優しくなりましたし、いろいろな学会で「ことはじめ」と称して学会デビューの場を提供しようという姿勢が見られています。セッションのはじめには、司会者から冗談交じりに「やさしい質問をお願いします」なんていうコメントがあったりもします。

コロナ下での学会では昨年くらいまではweb開催で、発表もビデオプレゼンテーションだけという学会が多かったので、初めて発表するという人も会場の雰囲気が伝わらず、質疑応答もなく緊張感もなく、発表しっぱなしということが多かったのでかわいそうだなと言う印象を持っていました。研究発表には質疑応答は欠かすことができなく、質問者は研究の欠点や弱点を衝いてきますので、とても勉強になり、その研究を基にして論文を書くときなどの質の向上にも役に立ちます。またセッションが終わった後、同じ領域の研究をやっている人たちとの情報交換や人脈形成にもつなげることができ、リアルでの学会開催が戻ってきてよかったと感じています。

かつての学会と比べて、純粋の研究発表だけでなく、若手向けの教育やベテラン医師向けにも専門領域以外のトピックの再教育という傾向が強まってきて、ベテランの我々でも診療にも役立つ新しい知識を仕入れることができ、参加すると勉強になります。私たちのようにいろいろな学会の専門医資格を持っている人間にとっては、学会に参加することで単位をもらって、資格維持につなげるという意味合いもあります。丁度学生が単位を取るために授業に出るのと共通する部分もありますが。授業と言えば代返なんて不届きものもいて、学会も身代わりに参加してもらって単位を取得するという不届きな輩もいないわけではありません。しかし忙しい医師が、遠隔地で開催される学会に参加するには時間がないということも以前から問題になっていて、それに対する対策として、webでオンデマンド配信を視聴し、視聴時間の合計が規定を超えれば単位を付与するといったシステムが多くの学会で用いられる様になりました。たたしログインして配信を視聴している時間はカウントされていても、実際に見ているのかがわからないのがこのシステムの問題点ですね。

リアルでの参加にしても、web視聴にしても、参加費を払う必要がありますので、あの手この手で学会はお金を集める手を工夫しています。もっとも営利目的ではなく学会を存続させるためにお金が必要になりますので仕方がないことではあります。以前に大きな学会の事務局長を務めたことがあります。もう16年も前のことですが、2日間の会期で約1000人の参加者の学会で、準備期間を含めて会場費、人件費など一切合切合わせて約4,500万円の支出でした。それよりもずっと小規模ですが、自分が会長を務めた日本呼吸器学会の関東地方会では1日だけの開催で参加者も400人規模でしたが、それでも500万円のお金がかかりました。つまり学会を開催するにも存続させるにもお金がかかるのです。学会のウラ話でした。話を本題に戻します。

この「ことはじめ」で私が司会した演題のなかに「播種性ノカルジア感染症を契機として診断された慢性肉芽腫症の1例」の報告がありました。慢性肉芽腫症というのは細菌に対する防御を担う好中球という白血球の菌を殺す能力が低下することで様々な細菌やカビの感染を繰り返す遺伝性の病気です。ノカルジアというのは細菌の一種で、播種性というのは血液の流れなどを介して全身に感染が広がる状況を示しています。好中球が菌を取り込んだ後に、好中球が作り出す活性酸素によって殺菌がおきるのですが、慢性肉芽腫症では活性酸素を作る酵素(NADPHオキシダーゼといいます)が欠損しているために殺菌をする能力が低下しています。現在はこのNADPHオキシダーゼの遺伝子はすべてわかっていて、慢性肉芽腫症患者さんの遺伝子の異常もいろいろなタイプが報告されています。私も30年ほど前にこの慢性肉芽腫症患者さんの遺伝子解析の研究をやっていました。
新しいタイプの遺伝子変異を発見して「Blood」という米国の権威ある雑誌に採択されました (Two-exon skipping due to a point mutation in p67-phox--deficient chronic granulomatous disease https://doi.org/10.1182/blood.V88.5.1841.1841 ) 。

タイトルにあるp67-phoxというのは、NADPHオキシダーゼを構成するタンパク質の一つで、このタンパク質の遺伝子が変異しているために、好中球が活性酸素を作ることができず、殺菌できないという病気になっていました。今回の学会での発表も、このp67-phoxの遺伝子変異による慢性肉芽腫症の患者さんの報告でしたので、とても懐かしく、司会が終わった後、発表してくれた初期研修医の先生といろいろとお話しさせてもらい、昔の論文でもう変色していましたが私の論文の別刷を差し上げました。
また呼吸器感染症に今後も興味を持ち続けてもらえるように別便で私の著書2冊(「呼吸器感染症の診かた、考えかた ver.2」「発症メカニズムから考える呼吸器診療」)を謹呈させていただきました。

今回の学会でも会場となった東京国際フォーラムは、今まで何十回となく学会で訪れていました。いつ来てもガラス棟は印象的で、都内にある建築物の中でも最も美しい一つと思います。設計はラファエル・ビニオリ氏で、ウルグアイ生まれ、アルゼンチンで建築学を学び、渡米しハーバード大学の教職に就き、世界中の著名な建築物の設計に携わりました。ラファエル・ビニオリ氏が本年3月2日にニューヨークで亡くなったそうです。氏の設計した主な作品で日本国内にあるのは、この東京国際フォーラムだけなので、まさにレガシーといえるでしょう。学会の総合受付はいつもガラス棟の地下1階に置かれます。その前のソファに座って天井を見上げ、やはりガラス張りの船底みたいだななんてことを考えていました。ご冥福をお祈り致します。
(2023年4月30日に記載しました)