Web講演会の司会をしました

重症喘息治療におけるバイオ製剤に関するご講演で孟子横浜市立大学付属市民医療センターの工藤誠先生が講師を務められました。工藤先生のご講演の司会をさせていただくのはこれが2回目ですが、今回もわかりやすいお話を聞かせてくださいました。


今回の講演では重症喘息治療に用いることができるようになった新しい生物学的製剤(バイオ製剤)にスポットを当てて、現在日本で使用可能な5種類のバイオ製剤の使い分けについても触れて頂きました。
前にも書いたように気管支喘息の本態は気管支の慢性的な炎症ですので、その炎症を抑える治療が喘息治療の主体となります。そこで用いられるのが吸入ステロイドです。また喘息発作は気管支の攣縮により気管支が狭くなり息苦しさやゼーゼーヒューヒューといった音(喘鳴)がでます。狭くなった気管支を広げるのが吸入の気管支拡張薬で、現在は吸入ステロイド+吸入気管支拡張薬が広く用いられます。現在日本では約1000万人程度の気管支喘息の患者さんがいて、そのうちの5~10%程度がこれらの薬剤を使い、きちんと吸入をやってもらっていても喘息発作を完全に予防できない重症喘息患者さんと考えられています。ここで登場するのがバイオ製剤です。

ただしバイオ製剤は標的となる分子が決まっていて、どの分子の働きを押さえるのが喘息をよくするのに役立つかということを見極めて使うことが求められます。ちょっと難しい話になりますが、お付き合いください。

喘息で起きている炎症の模式図

この図は気管支喘息の炎症をマンガにしたものです。好酸球という白血球の一種が喘息の炎症の一番の黒幕です。この図の中でアレルギー性の喘息ではアレルゲンの刺激でTH2リンパ球(ヘルパーTリンパ球)IL-4(インターロイキン4)IL-13(インターロイキン13)という物質を作り、Bリンパ球に作用しIgEを作らせ、このIgEが肥満細胞という細胞に働きかけてヒスタミンという物質を放出させます。このヒスタミンが気管支を攣縮させ喘息症状を引き起こします。一方でカビやウイルス、タバコの煙などが気管支の粘膜を刺激すると持って生まれた防御反応である自然免疫が働き自然免疫リンパ球(ILC2)が働いてIL-5(インターロイキン5)を作ります。IL-5はTH2リンパ球もアレルギー反応で作られ、このIL-5が好酸球の数を増やし様々な気管支の炎症を引き起こします。このように鍵となる物質が複数あります。バイオ製剤にはIgEの働きを抑える薬、IL-5の作用を抑える薬、さらにIL-4, IL-13の作用を抑える薬があります。バイオ製剤は高価な薬ですので、どの薬が効きそうかを予想して使う必要があります。ここでは予想と言っても、当たるも八卦、当たらぬも八卦といったいい加減な予想ではなく「失敗しない薬」を選んで使うことが必要になります。そこで登場するのがバイオマーカーという指標です。肺がんの治療でも分子標的薬で治療する場合にはどの薬を使うのかバイオマーカーを調べて効く薬を選んで使っていますが、重症喘息も似ています。ここで一般的に使われるのは「血液の好酸球」「血清IgE値」「呼気(吐いた息)中の一酸化窒素」の3つです。これらを指標としてどのバイオ製剤が効きそうかを予想して薬を選びます。好酸球数が非常に多い場合にはIL-5を押さえる薬、好酸球数がそれほど多くなく血清IgE値が高ければIgEを抑える薬、好酸球数がそれほど多くなく呼気一酸化窒素が高い場合にはIL-4, IL-13の作用を抑える薬が使われることが多い様に思います。

残念ながら呼吸器専門医Aが現在所属している神奈川県内のクリニックでは呼気一酸化窒素を調べることができません。測定機器事態はそれほど高額ではありませんが、購入申請を以前から行っていましたが事務方の理解がないために購入できていません。今度呼吸器専門医Aが開業するクリニックでは呼気一酸化窒素の測定機器を導入し、バイオ製剤の選択に役立てる積もりです。一方でこの3つのバイオマーカーはどれか一つだけが高くなるかというとそういうわけではなく、同時に複数のバイオマーカーが高い患者さんが少なくありません。高い値を示しているバイオマーカーの種類が多いほど喘息発作を来しやすいということが知られていましたが、今まで日本で使われていたバイオ製剤は標的がそれぞれ1個でした。複数のバイオマーカーが上がっていても1種類のバイオ製剤しか使用できないと押さえが不十分になる可能性も高くなりますよね。今回登場したバイオ製剤はアレルギーが関係する喘息と自然免疫が関係する喘息の両方に関係する、図で言うとIgE, Il-5, IL-4, IL-13よりももっと上の方に書いているTSLPという物質の働きを抑える薬です。これだとIgE, Il-5, IL-4, IL-13いずれもその元を抑えることができるように思われますよね。実際に薬として使っていいよという許可が出る前の臨床試験でもバイオマーカーの種類が多いほど効果を発揮するということが報告されていました。ですからバイオマーカーを知らずとも重症喘息には使用してよいのかも知れませんが、お薬の値段も従来のものよりも高価ですし、国内で従来使われてきたバイオ製剤で十分に治療できる患者様も多く、従来のバイオ製剤で抑えきれない様な複数のバイオマーカーが上昇しているような患者さんに用いるのがやはり適しているのではないかと、工藤先生のご講演を聴いて感じました。やはりバイオ製剤はよく考えて、効く薬を予想して使う姿勢が求められますね。あ、そうそうこれらの高価なお薬の使用に当たっては高額療養費制度が利用できますし、薬を供給する各メーカーは医療費の試算を行う電話案内を設けていますので、治療を受ける前に是非とも試算してもらうことをお勧めします。また在宅自己注射を導入すると患者さんも受診回数を減らすことも可能になりますので、在宅自己注射を考えてみてはいかがでしょうか。
(2023年4月21日に記載しました)